半年が過ぎて
冬は越えて夏になったせいか、記憶としては遠くなっている。
全国規模では報道もあまりされなくなった。
地元の新聞では毎日記事にはなっているが、毎日の「コーナー」的な記事になっている。
能登島の自宅に帰ると「復興」がまだまだ先なことに暗い気持ちになる。
家の前の道路は、まだ崩れ落ちたまま。
家に到着するまでに道路はデコボコしていて運転に気をつかう。
「我が家はましな方だ。」
そう思うが、壁が崩れてたり屋根がずれて雨漏りしていたり。
妹家の浄化槽は割れたまま。
工事を依頼しても、見積りの段階で順番待ち。
役所に出す書類がまったくスムーズに出せない。
工事するにしても、全てに補助金が出る訳ではないので、結局何十万、ヘタしたら何百万っていう出費が予想される。
家が全壊してもしていなくても、思わぬ出費の予定にモヤモヤする。
元通りの生活なんて、いつになるのだろう…。
確かに、少しづつ道路工事が進んでいるし、移動できる範囲も増えてきてはいる。
暗くなってもしかたないと思うし、みんな普通に生活している。
以前の通りじゃないけど、生活しなきゃ、生きなきゃだし、暮らしている。
「明るい町おこし」や「未来の計画」なんかも必要なんだろうけど、
個人的な思いとしては「とにかく元通りに」したい。
もしかしたら、ミラクルな企画が生まれて、能登がすごい勢いで復興する未来もあるのかもしれないし、そうした企画に協力すべきなのかもしれない。
けれど、目の前のことにとにかく必死で対応するのに精一杯である。
ガイア自然学校は、能登のキャンプ場を利用することが多い。
いつも使っていたキャンプ場がほとんど使えない。
この夏は、なんとかいろんな方の協力で、岐阜や福井に舞台を変えてキャンプすることができそうだ。
けれど、例年に比べると集客も難しくなっている。
いろんな原因があるのだろうけど「いつものキャンプ場が使えない」という要素は大きいと思う。
さらに例年と違う、という点においても、スタッフのやることや下見や準備が増えるため、負担も増える。
これから、初めて使うキャンプ場で、思いも寄らぬハプニングや想定外のできごとも起こるであろう。
心配事は山積みだ。
しかし、
これは「試練」だ。
コロナに続き、押し寄せる「試練」と受け取った!
孟子の言葉に、
「天のまさに大任をこの人に降さんとするや、必ずまずその心志を苦しめ、その筋骨を労し、その体膚を餓えしめ、その身を空乏にし、行いにはその為すところを仏乱す」
天が人に大いなる任を下すときは、必ずまず、その心を苦しめ、筋骨を疲れさせ、身体を飢えさせ、その身を貧乏にし、やることなすことに障害を与える。
と言う一節があります。
この状況でも、ちゃんと事業を行う。
きちんと永続するための経営を行う。
子どもたちの未来のために、日本中に自然学校を広げる!
その大いなる任を、必ずや成し遂げたいと思います。